歴代世界チャンピオン


チェスの歴史は6世紀までさかのぼります。
1843年、イギリスのスタントン(1810-1874)がフランス人の聖アマンに勝ち、当時一番強いと言われました。スタントンは、50年間活躍しました。
1851年、ロンドンで最初の国際大会が開催され、ドイツ人のアンデルセン(1818-1879)が優勝しました。数学の教師で、当時世界チャンピオンとして知られました。アンデルセンはヨーロッパへ武者修行に来たアメリカ人のモーフィー(1837-1884)に負けました。モーフィーはスタントンとの対戦を望みましたが拒否され、失意のままアメリカに帰国しました。その後、チェスから引退しました。

この頃は、果たして本当に彼らを世界チャンピオンと呼んでいいのか証明できませんでした。

@.個人の挑戦制度
1866年シュタイニツ(1836-1900)が挑戦試合に勝ち、第1期の世界チャンピオンになって以来、挑戦制度が続きました。個人的な挑戦マッチの制度で、チャンピオンが挑戦者を好きに選ぶことができました。
1870年、チェスクロックが初めて登場しました。


年度 チャンピオン 国籍 特徴
1866-1894 シュタイニツ オーストリア “近代チェスの父”と呼ばれている。
1894-1921 ラスカー ドイツ 数学及び哲学博士
1921-1927 カパブランカ キューバ 彼の母国語はチェスだと言われた。
12歳でキューバチャンピオン。
ニックネームは“チェス・コンピュータ”。
1927-1935 アリョーヒン ソ連 人生の全てをチェスにかけた。
ニックネームは“盤上の詩人”。
1935-1937 エイベ オランダ FIDE会長に就任。数学博士。
1937-1946 アリョーヒン ソ連 同上

A.FIDE主宰の挑戦制度
1946年にアリョーヒンが亡くなり、1948年以後は、FIDEが管理することになり、世界チャンピオン挑戦者マッチはチェス界最高のイベントとなりました。

年度 チャンピオン 国籍 特徴
1948-1957 ボトビニク ソ連 ボトビニクチェス学校を作り、カルポフやカスパロフを輩出した。
“Mr.ソ連チェス”と呼ばれている。
1957-1958 スミスロフ ソ連 声楽家としても一流
1958-1960 ボトビニク ソ連 同上
1960-1961 タリ ソ連 史上最年少23歳の世界チャンピオン(当時)
ニックネームは“盤上の魔術師”
1961-1963 ボトビニク ソ連 同上
1963-1969 ペトロシアン ソ連 “黒がねのペトロシアン”と呼ばれている。
1969-1972 スパスキー ソ連 棋風は心理的で「ラスカーの再来」と言われた。
1972-1975 フィッシャー アメリカ ソ連の独占を打ち破り、世界中にチェスブームを起こした。
14歳でアメリカチャンピオン
史上最年少15歳でGMタイトル獲得(当時)
1975-1985 カルポフ ソ連 フィッシャーとならんで、特にエンドゲームに秀でている。
1985-1993 カスパロフ ソ連/ロシア アリョーヒンのコンビネーションに似た耽美的な芸を得意とする。
1993-1998 カルポフ ロシア 同上

B.FIDE主宰の勝ち抜き戦
1997年、IOC(国際オリンピック委員会)サマランチ会長の勧告を入れ、今までの挑戦者制が廃止されました。現在の制度は、世界から選ばれた128人による2番勝負勝ち抜き戦で、準決勝は4人による4番勝負、決勝は2人による8番勝負で争われます。

年度 チャンピオン 国籍 特徴
1998-1999 カルポフ ロシア 同上
1999-2000 カリフマン ロシア チェス学校の校長
2000-2002 アナンド インド アジアから初めての世界チャンピオン
2002-2004 ポノマリョフ ウクライナ 史上最年少19歳の世界チャンピオン
2004-2005 Kasimdahanov ウズベキスタン 25歳の世界チャンピオン
2005-2006 トパロフ ブルガリア
2006-2007 クラムニク ロシア
2007-2013 アナンド インド 同上
2013- カールセン ノルウェー  



年度 開催地 トーナメント名 対戦者名
(左が勝者)
+(勝ち) =(引き分け) -(負け)

1948 The Hague/Moscow WCC Tournament 1st Botvinnik, 2st Smyslov, 3st Keres/Reshevsky
1951 Moscow Title Match Botvinnik vs. Bronstein +5=14-5
1954 Moscow Title Match Botvinnik vs. Smyslov +7=10-7
1957 Moscow Title Match Smyslov vs. Botvinnik +6=13-3
1958 MoscowMoscow Return Title Match Botvinnik vs. Smyslov +7=11-5
1960 Moscow Title Match Tal vs. Botvinnik +6=13-2
1961 Moscow Return Title Match Botvinnik vs. Tal +10=6-5
1963 Moscow Title Match Petrosian vs. Botvinnik +5=15-2

After five Candidates Tournaments FIDE changed the qualifying procedure to Interzonal Tournaments, followed by play off matches.
1966 Moscow Title Match Petrosian vs. Spassky +4=17-3
1969 Moscow Title Match Spassky vs. Petrosian +6=13-4
1972 Reykjavik Title Match Fischer vs. Spassky +7=11-3
1975 Karpov
1978 Baguio City Title Match Karpov vs. Korchnoi +6=21-5
1981 Merano Title Match Karpov vs. Korchnoi +6=10-2
1984 Moscow Title Match (Aborted) Karpov vs. Kasparov +5=40-3
1985 Moscow Title Match Kasparov vs. Karpov +5=16-3
1986 London/Leningrad Title Match Kasparov vs. Karpov +5=14-4
1987 Seville Title Match Kasparov vs. Karpov +4=16-4
1990 New York/Lyon Title Match Kasparov vs. Karpov +4=17-3
1993 Amesterdam/Zwole
/Jakarta
Title Match Karpov vs. Timman +6=13-2
1996 Elista Title Match Karpov vs. Kamsky +6=9-3

The World Championship based on the knock out system is introduced.
1998 Lausanne Title Match Karpov vs. Anand +4=2-2
1999 Las Vegas Title Match Khalifman vs. Akopian +2=3-1
2000 New delhi/Tehran Title Match Anand vs. Shirov +3=1
2001
2002
Moscow Title Match Ponomariov vs. Ivanchuk +2=5



世界女子チャンピオン

1927年ロンドンで、男子チェスオリンピアードが開催されたとき、第1回世界女子チェス選手権が開催されました。参加者は12名で、メンチクが優勝しました。1944年に空爆でメンチク(1906-1944)が亡くなり、1950年FIDEが女子世界選手権を管理することになり、ルデンコが世界女子チャンピオンになりました。
2000年から勝ち抜き戦になり、謝軍が世界女子チャンピオンになりました。


年度 チャンピオン 国籍 特徴
1927-1944 メンチク イギリス メンチクチェスクラブはメンチクに負けた男性だけが入れた。
メンチクチェスカップは女子オリンピアード優勝チームに授与される。
1950-1953 ルデンコ ソ連 経済学者
1953-1956 ビコバ ソ連 経済科学者
1956-1958 ルブツォバ ソ連 冶金技師
1958-1962 ビコバ ソ連 同上
1962-1978 ガプリンダシビリ ソ連 英語教授、グルジア出身
17年間世界女子チャンピオンを維持した。
1978-1991 チブルダニゼ ソ連 史上最年少17歳の世界女子チャンピオン、グルジア出身
1991-1996 謝軍 中国 アジアから初めての世界女子チャンピオン
1996-1999 スーサ・ポルガー ハンガリー 天才三姉妹の長女
1999-2000 謝軍 中国 同上
2000-2001 謝軍 中国 同上 / 翌年から男子の世界選手権に参加。
2001-2004 諸宸 中国 夫はカタールのGM
2004-2006 Antoaneta Stefanova ブルガリア  
2006-2008  許c貨 中国  
2008-2010 Alexandra Kosteniuk ロシア  
2010-2012 侯逸風 中国  
2012-2013 Anna Ushenina ウクライナ  
2013- 侯逸風 中国